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百済の歴史年表

※百済はB.C 18 ~ A.D 660年まで678年間31代の王が続いた。
在位(期間) 参考
1 温祚王 BC18~AD28(46) 高句麗の初代王東明聖王の息子。元々の姓は解。東明聖王の本妻からの息子(後の榴璃明王)が太子になると高句麗から南下し東ソウル(河南慰禮城)に定着した。
2 多婁王 28~77(49) 温祚王の長男。
3 己婁王 77~128(51) 多婁王の長男。
4 蓋婁王 128~166(38) 己婁王の息子。
5 肖古王 166~214(48) 蓋婁王の長男。素古王又は速古王とも言う。
6 仇首王 214~234(20) 肖古王の息子。貴須王とも言う。
7 沙伴王 234(1) 仇首王の長男。沙沸王または沙伊王とも言う。
8 古爾王 234~286(52) 蓋婁王の息子、肖古王の弟。
9 責稽王 286~298(12) 古爾王の息子。靑稽王または責贊王とも言う。
10 汾西王 298~304(6) 責稽王の長男。
11 比流王 304~344(40) 仇首王の次男。
12 契王 344~346(2) 汾西王の長男。
13 近肖古王 346~375(29) 姓名は解餘句。比流王の次男。古事記には照古王、日本書紀には肖古王と書いてある。
14 近仇首王 375~384(9) 姓名は解須。近肖古王の長男。
15 枕流王 384~385(2) 近仇首王の長男。
16 辰斯王 385~392(7) 近仇首王の次男。
17 阿莘王 392~405(13) 枕流王の長男。
18 腆支王 405~420(15) 阿莘王の長男。日本書紀には直支王と書いてある。
19 久爾辛王 420~427(7) 腆支王の長男。
20 毗有王 427~455(28) 久爾辛王の長男。
21 蓋鹵王 455~475(20) 姓名は扶餘慶司。毗有王の長男。近蓋婁王とも言う。475年高句麗(長壽王)の攻撃で没。
22 文周王 475~477(2) 蓋鹵王の息子。
23 三斤王 477~479(2) 文周王の長男。
24 東城王 479~501(22) 姓名は扶餘牟大・扶餘摩牟・扶餘麻帝など。文周王の弟である昆支の次男。※大阪府羽曳野市の飛鳥戸神社は昆伎王を祀っている。
25 武寧王 501~523(22) 姓名は扶餘斯麻または扶餘隆。日本書紀には東城王の腹違いの兄と書いてある。
26 聖王 523~554(31) 姓名は扶餘明襛。武寧王の息子。538年都を熊津(今の公州)から泗沘(今の扶餘)へ移り国号を南扶餘と名乗る。
27 威徳王 554~598(44) 姓名は扶餘昌。聖王の長男。
28 惠王 598~599(2) 姓名は扶餘季。聖王の次男。獻王とも言う。
29 法王 599~600(2) 姓名は扶餘宣または扶餘孝順。惠王の息子。
30 武王 600~641(41) 姓名は扶餘璋。法王の息子。※薯童謠
31 義慈王 641~660(19) 姓名は扶餘義慈。武王の長男。