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韓国ドラマ「姫の男」の人物相関図
「王女の男」人物相関図

韓国ドラマ「王女の男」

韓国のKBS放送で2011年7月20日から「王女の男(公主の男):공주의 남자」が放映されました。このドラマは朝鮮初期(1450年代)の歴史話をもとに作られたドラマで、朝鮮王朝5代王の文宗が在位2年で早死し、文宗の幼い子供が6代王の端宗になるものの、王座に野心を持った文宗の弟である首陽大君(7代王の世祖)によって王座から引き下ろされ、これに反発する臣下たちや親族を皆殺しにした、韓国歴史の中でも波乱万丈な時代であります。ドラマ「王女の男」では適当に架空の人物や作り話を入れて新鮮な面白さを出していますが、ここではドラマの理解を深めるために実在した人物の歴史の話を中心に書きます。※時代劇ロケ地のある堤川旅行記聞慶旅行記も読んでみてください。
ドラマ「王女の男」は、1873年に徐有英が書いた朝鮮の歴代王の説話集である錦溪筆談の中に、金宗瑞の孫と首陽大君の娘( 李世熺)とのラブストーリーが書いてあり、これにもとづいてドラマでは金宗瑞の息子(金承琉)と首陽大君の娘(李世伶)となっている。

ドラマ「王女の男」の登場人物

金宗瑞 金宗瑞(1383~1453)
忠清南道公州生まれ。朝鮮の文臣で世宗時代に皇甫仁とともに朝鮮の国境を今の形に広め、世宗からの信頼が大きく、5大王の文宗は幼い子(端宗)を守ってくれるように遺言を残したと言われている。しかし王位に野望を持った首陽大君によって殺される。歴史書の高麗史の実著者。
金承琉 金承琉:金宗瑞の3男。歴史書では登場しない。役者:パク・シフ。
金承珪 金承珪(?~1453):金宗瑞の長男で金宗瑞と同じ日に首陽大君によって殺される。
鄭悰 鄭悰 (?~1461):流刑を受けてから結局は婿陵遲処斬された。
敬惠公主 敬惠公主(1436~1473):文宗の娘。
文宗 文宗(1414~1452):5代王(在位:1450~1452)。世宗の長男で世宗のハングル創製を手伝っていたと言われているが即位2年で死んでしまう。
端宗 端宗(1441~1457):6代王(在位:1452~1455)。癸酉靖難の結果、叔父の首陽大君に王位を譲り、江原道寧越郡清泠浦へ流刑されては賜死(しし)された。1698年に復位され廟号を端宗と称した。
李塏 李塏(1417~1456):朝鮮の文臣でハングル創製に関わった。端宗の家庭教師をしていたと言われていて、端宗の復位を図ったのが発覚されて死んだ。ここで死んだ6人を死六臣と言い、ソウル市の鷺梁津に死六臣墓地がある。
安平大君 安平大君(1418~1453):世宗の3男で首陽大君(世祖)の弟。端宗を支持し首陽大君によって江華喬桐へ流刑され37歳で賜死(しし)された。書画に長けていて京畿道麗州にある世州大王陵(英陵)の神道碑は安平大君の字である。安平大君の夢の話を安堅が画いた夢遊桃源圖(天理大学所蔵)が有名。
申沔 申沔:申叔舟の次男?歴史上では申叔舟には申澍という息子がいて、韓明澮の次女と結婚している。ドラマでは金承琉・鄭悰とこの3人が親友になっている。架空の人物。
首陽大君 首陽大君(1417~1468)
世宗大王の次男として生まれ、兄文宗(5代王)が死んだ後、幼い甥(端宗)から王位を奪い、7代目の王(世祖)になる。この過程で反対派(金宗瑞)を皆殺しにする(癸酉靖難)。晩年には悪行を反省し仏教に帰依したと言う。
李世伶 宜逞公主 李世伶:首陽大君(世祖)の長女。実在したかは確かではない。
李世貞 懿淑公主 李世貞 (?~1477):首陽大君の次女。
貞熹王后 尹氏 貞熹王后 尹氏 (1418~1483):首陽大君(世祖)の婦人。1468年次男睿宗が即位1年で死に、孫の成宗 の代わりに摂政をした。
懿敬世子懿敬世子(1438~1457):首陽大君の長男で20歳で死んだ。9代王成宗の父。
韓明澮 韓明澮(1415~1487):38歳でようやく末端の官職に就き、開城にある敬徳宮の管理人になり、出世のために首陽大君の最側近になる。3女は8代王の睿宗の王妃となり、4女は9代王の成宗の王妃となった。ソウルの狎鴎亭という町の名前は韓明澮の号から因んだ。
申叔舟 申叔舟(1417~1475): 世宗のハングル創製に関わった。世宗は成三問・朴彭年・申叔舟この3人に幼い端宗を守ってくれるよう遺言を残したが成三問・朴彭年は死六臣として死に、申叔舟は首陽大君側に付いたので以後裏切り者として批判されている。
権擥 権擥(1416~1465): 韓明澮の親友として首陽大君(世祖)が実権を掌握する癸酉靖難の立役者となり首陽大君が即位してから出世したが、不正が多かったとの話がある。
温寧君 温寧君(1407~1453):太宗(李芳遠)の庶子 。太宗の3男だった世宗は3男なのに王位に就いた。世宗の兄讓寧大君(1394~1462)は長生きして世宗の次男(首陽大君)が孫(端宗)から王位を奪う(癸酉靖難)を起こした時に首陽大君を支持した。ドラマではこの讓寧大君の代わり者として温寧君を登場させたのではないかとの話がある。

作成:2014.4.7