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鎮海(じんへ)市

鎮海市の歴史韓国の南、海に面している慶尚南道鎮海市は、古代から海軍が駐屯する場所として重要なところだったが、特に1904年に起きた日露戦争の準備段階から日本によって軍港として整備されはじめ、1905年対馬海戦を最後に日本が戦争に勝ってから日本はこの鎮海を軍港として建設することに拍車をかけるようになった。日本が敗戦し開放されてからは米軍政府と韓国政府によって軍港として使われ、韓国戦争時に韓国軍と国連軍の海軍基地として使われて以来、韓国海軍の中心基地として海軍士官学校や海軍司令部などが位置している。鎮海市の面積は110.74㎢、人口は約15万人くらいで、人口の10%くらいが海軍とその家族なので鎮海市にとって海軍は切っても切られない存在となっている。


帝皇山公園の展望塔帝皇山(じぇふぁんさん)公園

鎮海市の中心部にある海抜90Mの帝皇山頂上には、1927年に高さ27.58Mの日露戦争の戦勝記念碑が日本軍によって建てられたが、敗戦後韓国政府によって解体され、1967年には海軍軍艦を象徴する高さ28Mの塔を建てた。8層構造の塔(鎮海塔)には展望台があり鎮海港や鎮海市が一望できる。この帝皇山の頂上から鎮海市を眺めると、日露戦争に勝ってから作られた旧市街は3つのロータリーを中心に放射線状に出来ているのが分かる。鎮海塔の1,2層は鎮海市立博物館になっていて鎮海市の歴史が人目で分かる。

鎮海の桜鎮海の桜

鎮海市は韓国の中でも桜花見の名所として有名で、桜が満開する3月末から4月上旬にかけて十日間軍港祭が開催される。日本を象徴する桜は日本から開放されてから切られたけど、1960年代半ばに表面的には在日本東京鎮海有志会が故郷のために数万本の桜と資金を献上するとの名目だったが、有志会の他に東信夫(AP通信東京支局長)、邦光一成(NHKプロデューサー)、中村常男、宇田川猛夫、増田幸彦ら15人と富士通、東京航空、日本コンサルタント協会など9つの団体も金を出しているのが分かり抵抗があったが、植民地時代には日本軍将校で解放後にはクーデターによって政権を握った朴正熙の後押しによって今のように市街全体が桜の名所となっている。

鎮海市へのアクセス

  1. 軍港祭期間中は特別列車も走るが人気があるので乗るのは難しい。まずは鎮海市近くの都市、マサン(馬山駅)に行って馬山駅舎にある新世界デパートの向かい側から160.161.163.164番バスに乗る。軍港祭期間中には各バスの前に「軍港祭」と書いて走る。※馬山から鎮海まではバスで30分くらい。
  2. 電車で行くならチャンウォン(昌原駅)まで行って、昌原駅から鉄道の鎮海線に乗る。
  3. 釜山から行く場合は、釜山の西部市外バスターミナル(最寄の駅は沙上駅)から鎮海行きのバスがある(所要時間1時間)。
 

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