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茨木のり子と韓国語

by 竹下 南

 詩人茨木のり子(1926~2006)を知ったのは韓国への興味からだった。
それまで茨木のり子の名前は目にしたことはあったけれど、詩を読んだことは一度もなく、ましてや彼女の著作に韓国に関するものがあるとは考えたこともなかった!(あァ、知らないことはナンテ恐ろしい…)
 数年前、韓国関連の書籍を見ていて偶然目にしたのが茨木のり子著『ハングルへの旅』(1989朝日文庫)であった。読んでみるとこれが実に面白く、韓国・韓国語について様々な角度から記されている奥深い内容の一冊だった。韓国に興味のある人間であれば「そうそう、ホント、ホント」と相づちを打ちながら軽快に読み進められる一方、「ことば」に関する考察にはユニークかつ鋭いものがあり、さすが言語にかかわる詩人ならではの感性だなぁ、と他の韓国本との違いを感じさせていた。そのほんの一例を示すと、韓国語と日本語の「方言」の“音・イントネーション”の対比および類似性の指摘、さらにハングルの音のひびきの美しさについて、はたまたラジオから聞こえてくる韓国人男性アナウンサーの声のセクシーさ…などなど。私も常日頃同様の感想を持っていたので、まさに我が意を得たりで感激してしまった。
この本の初版は1986年。まだ韓流の兆しもなかった頃に自ら韓国語を習い、韓国を旅行し、肌で感じた隣国への想いを綴った『ハングルへの旅』を、ぜひ一人でも多くの日本人に読んでほしいと思う。(もう、知っているひとも多いかもしれないけれど…)

 茨木のり子が韓国語を勉強し始めたのは50歳を越えてからだったという。その動機についてはひと言では表せないそうだが、最愛なる夫を病いで亡くし、哀しみのどん底にいたとき、そこから立ち直るために韓国語を習い始めたと同著で述べていることは印象深い。「単語一つ覚えるにも前へ前へと進まなくては出来ないことでしたし。語学を選ぶとき、ドイツ語にしようか、ハングルにしようか迷いましたが、今では隣の国の言葉を選んでよかったと思っております」。
実は、この本を読み進めていくにしたがって韓国語への挑戦にはこれ以外の動機が他にも複数あり、それらがからみあっていたことが次第にわかってくる。

 今現在、日本人が韓国語を勉強していることについて訝しく思う人は、おそらくいないだろう。それどころか韓国語教室には勉強したい生徒が溢れ、定員オーバーなんてことも数年前にはめずらしくなかった。これにはいわゆる韓流が寄与していたことも多いにあろうが、「近くて遠い国」と言われて久しい隣国の地に、実際に訪れてみるとかくも“魅力的な文化”があったことに気づかされ、それにハマった日本人が熱烈に韓国語へのアプローチを始めたことは明白である。  さて、ここで茨木のり子を韓国語の虜にしたその他の“動機”を同著より書き抜いてみたいと思う。

  • 「古代史を読むのが好きですから、朝鮮語ができたら、どんなにいいかと思って」
  • 「いいな」と惚れこむ仏像は、すべて朝鮮系であることに気づいたのである。百済観音、夢殿の救世観音、広隆寺の弥勒菩薩などなど。
  • また同じく心うばわれる陶器は、白磁、粉引、刷毛目、三島手、すべてこれ朝鮮系であった。
  • もう一つ愛してやまないものに、放浪の旅絵師たちが描いた李朝民画があるが、これら美術への傾倒が、すなわち隣国への敬愛に結びついているのも否定しがたい。
  • (柳宗悦の秀吉批判の論考をうけて…)
    朝鮮美術を熱愛する者としては、言葉を学ぼうとすることは、この〈冷淡さ〉の克服につながろうとする、一つの道であるかもしれない、と思っている。
  • 「日本語がお上手ですね」
    「学生時代はずっと日本語教育されていましたもの」
    その時つくづくと今度はこちらが冷汗、油汗たらたら流しつつ一心不乱にハングルを学ばなければならない番だと痛感した。
  • もしかしたら祖母自身、その血の中にかなり色濃く渡来系を秘めていたのではなかろうか? 遠い昔、出雲経由で渡来し、日本海沿いに北上、山形県の庄内地方に定着した集団の末裔では……

 と以上その動機たるや複雑にからみあっていて、「全部をひっくるめて最近は『隣の国のことばですもの』ということにしている」のだそうだ。これ以外にも、本文中には朝鮮・韓国への敬愛が随所に溢れ出ていて、そのすべてが“動機”として“韓国語”への誘いとなっていることがページをめくるごとに伝わってくる。
 ここで茨木のり子の代表作『倚りかからず』を韓国語に翻訳してみたい。彼女の人となりが伝わってくる作品なので、ぜひ韓国語でも味わっていただきたく拙訳を試みた。

의지하지 않고

시: 이바라기 노리코
한국어역 :타케시타 미나미

이미 기성 사상에는 의지하고 싶지 않다
이미 기성 종교에는 의지하고 싶지 않다
이미 기성 학문에는 의지하고 싶지 않다
이미 어떤 권위에도 의지하고 싶지 않다
오래 살아서 마음속으로 배운 것은 그 정도
자기 귀와 눈 자기 두 다리만으로 서 있어서
어느 불편한 일이나 있을꼬
의지하려고 하면 의자의 등받이 뿐


『倚りかからず』

もはや できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや いかなる権威にも倚りかかりたくない
ながく生きて 心底学んだのはそれくらい
じぶんの耳目 じぶんの2本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは 椅子の背もたれだけ

茨木のり子
茨木のり子

 これまで『ハングルへの旅』を何回読み返しただろうか…。そのたびに共感し、何度読んでも読み解けない部分は今でも宿題として残っている…。まさしく座右の書なのである。- 2015.3 -