※圓覺寺(원각사)の名前の由来:朝鮮王朝7代目の王(世祖)は4代目の王(世宗)の2男で、自分が王になるために弟と姪を殺して王になったのですが、王の座についた後に自分が犯した罪を反省する意味でこの寺の名前を圓覺寺にしたそうです。
<写真:탑골公園内にある国宝2号「圓覺寺址十層石塔」>
탑골公園は1919年3月1日に起きた独立運動で民族代表33人による独立宣言書が発表された所で、この3.1独立運動は中国の5.4運動、台湾とインドネシアの独立運動に影響を与えた国際的な意味も持っています。韓国の3.1独立運動は全国に広がるようになりますが、このような重要なことが仁寺洞周辺で行われたのは、仁寺洞が当時の市民たちの間では文化的な中心地だったからでしょう。
仁寺洞は、朝鮮時代まで寛仁坊と大寺洞契と言う地域名があったのですが1914年に坊と契という行政区域名を洞に変えるにあたって仁寺洞に変わったのですが、1936年朝鮮総督府令によって仁寺町になり、開放されたあと1946年に今の仁寺洞という名前になりました。仁寺洞を代表するアンチーク街は、昔は景福宮の裏にある山から水が小川を成し流れた道で、1970年代半ばに起きた偽古書画事件で当時まで多くあった骨董品店や画廊が江南地域に移ってしまう危機もあったのですが、1990年代から骨董品店が去った所に絵を取り扱う画廊が入ってくるようになり、当時大学生を中心にブームとなっていた伝統茶文化の影響で茶器を専門に取り扱う店が続々とできはじめ今のような姿をもつようになりました。1990年代まではアスファルトの道だったのですが2000年に入り今のような形の道に変わり、沢山の骨董品、画廊、伝統茶などの店も密集していて韓国文化が感じられる名所として韓国人はもちろん外国からの観光客にも人気を得ています。
仁寺洞アンチーク街は全長500メートルくらいの短い道だけど、韓国伝統の工芸品、観光記念品、韓定食なども味わうことができ、毎週土、日曜日の午後4時には昔の街警備隊の行列を再現していますが、ここ仁寺洞は人が沢山集まる場所だけあって平日と週末に関係なく行事や野外公演など色んな催しが開かれますので2,3時間過ごすにはうってつけの場所だと思います。仁寺洞の店は普通のそこら辺の街の店とは違って夜遅くまで営業している店は少ないないのが特徴です。
仁寺洞と탑골公園の間には楽園商街(楽園商店街:낙원상가)という楽器専門の商店街があり、40~50年前から楽器販売店や楽器修理店のメッカとして有名なところもあります。日本東京の御茶ノ水周辺にも楽器屋が多いですが、このような楽器商店街は非常に珍しい所だと思いますが最近再開発の噂もありその内姿が見れなくなるかもしれませんね。都市も人間のように年を取っていくことですかね。
仁寺洞はソウル定番の観光地になっているので観光記念品店も多いですが、観光記念品としては赤ちゃんの初めての誕生日お祝いに使われる足袋を額に入れた記念品(参考:韓国旅行プレゼント)、そしてもし楽器に興味のある方なら仁寺洞のそばにある楽器専門店街行くことをおすすめします。